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ホテルでの朝食。
オレの卵は両面ハードに焼く。
世界の5っ星ホテルの皆さん覚えておいてくれ。
7月14日は革命記念日だ。
忘れもしない。
あの日のバスチューユ・・
この日は
こんな風に花火があがる。
新潟の長岡花火もどうぞ。
2012年 今年は8月2日、3日です。
準備に大忙し。
凱旋門から
この公開処刑が行われたコンコルド広場まで
軍事パレードが行われる。
すごいぞ。
戦闘機も飛び、見ごたえある。
混雑具合も。
ちなみにこのコンコルド広場には
ルクソールから運んできたオベリスクがある。
ルイ15世によって作られたときには
「ルイ15世広場」と呼ばれ
フランス革命後は「革命広場」と呼んでいた。
マリーアントワネット・・・
オレの好みではないがかわいい人だった。
まぁ話せば長くなるがいろいろあったんだ。
面倒なことも多かったし
立場上話せないこともあるが
ひとことで言えば
フランス国家をもってしても養っていけなかった。
お買い物は計画性を持たないとな・・・
そうだ今日はヴェルサイユ宮殿に行こう。
パリの南西18km
オーステルリッツ駅から、
C5系統Versailles Rive Gauche行きに乗り、
終点のヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅で下車。
歩いて10分ほどでヴェルサイユ宮殿に到着。
到着した。
太陽王 ルイ14世の象徴。太陽を形どった門。
礼拝堂。
オーストリアから14歳で嫁にきたマリー・アントニア
錠前つくりが趣味の旦那さんに
好き勝手できる環境
野放しされたらこうなるのは当然。
こんなところに・・・
ルーブルで見たナポレオン戴冠式の絵がある。
複製ではなく、どうやら2枚あるらしい。
ルーブルにあるものとの違いは
左の女性たちのドレスの色。
ルーブルのもはの全て白なのに
こちらにあるものは
ひとりだけピンクのドレスを着ている人がいる。
作者ダヴィドはこの横10メートルにも及ぶ大作を2枚書いていて
ナポレオンの妹ポーリーヌのドレスの色を変えて仕上げていた。
ナポレオンが一番かわいがっていた とか
ダヴィッドが彼女を好きだった。とも言われている。
ダヴィッドも自身をここに書き込んでいる。
まぁ オレが説明するまでもない
もっと素晴らしい説明を
誰かがしてくれているはずだ。
これが王のベッドだったと思う。
意外と小さい。
こちらが王妃のベッド
奥に見える家具はジュエリーケースと言っていた。
ここにあの首飾りが入ることはなかったんだな。
王妃の部屋にあった時計
母テレジアから贈られたもの。
母になってからのマリーアントワネット
抱かれているのが後のルイ17世 シャルル君か・・・
パンがなければブリオッシュを食べればいいのに。
発言は彼女が言った言葉ではないらしいが
市民たちが貧困でいるのに
宮殿ではこのような食事。
ここの階段。
非難訓練中・・・
に見えるが、朝からいつもこんな風。
市民がヴェルサイユに暴徒化した際
ここの鍵が開けられていた。と聞いたが
当時のことは定かではないよな。
ヴェルサイユには近くに水を引く高地がないらしい。
そこに池を作り噴水を作る。
10km離れたセーヌ川からの巨大な揚水装置を設置し、
堤の上に水を上げさせ、
水道橋を作って、水をヴェルサイユまで運ぶ。
豪華な宮殿だが庭園のほうがはるかにお金がかかってる。
水なき地で常に水を噴き上げる噴水庭園を完成させ、
自然をも変える力を周囲に示した。
ここが有名な「鏡の間」
大混雑。
ヴェルサイユ条約はここで調印された。
宮殿を建設させたルイ14世
ここには歴代王たちの肖像画や石像があるが
見分け方として
荒々しくてチリチリヘアはルイ14世
ちょっとイケてる感じならそれが取柄のルイ15世
ボーっとしていていい人そうなら16世
整然とした緑の庭園に
かわいい花壇。
これもマリーアントワネットが造らせたという。
今日は天気がいい。
暑くなってきた・・・
すまない。忘れてた。
急に用事を思い出した。
ヴェルサイユは広い。
オレの案内は手前のちょこっとしたところ。
右奥にトリアノンもある。
ぜひ行ってみてくれ。
噴水も美しい。見事だ。
夏は夜になると花火も上がる。
じゃっ。
オレはパリに戻る。
まだまだつづくよ♪
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